私たちの体には様々な種類の金属イオンが含まれており、生命現象を司っています。なかでも「鉄」は、血液中のヘモグロビンに結合して酸素分子を運搬する役割を果たしていることからも、非常によく知られた存在でしょう。しかし、私たちの研究対象である「銅」も、鉄と同じように、生命に必須の役割を果たしています。例えば、酸素呼吸において酸素分子は水に還元されますが、それはタンパク質(シトクロムc酸化酵素)に結合した銅イオンで行われています。銅は地殻の0.00007%しか存在しませんが、多くの銅含有酵素は、地殻の4.7%を占める鉄ではその機能を代替することができません。しかし細胞は、数ある金属の中から必要な金属イオンを必要な時に選び出して自身の内部へと誘導し、酵素に供給することができるのです。なぜ、どのようにして、銅イオンを選択的に特定のタンパク質に運ぶことができるのか、私たちはそのメカニズム解明に挑戦しています。
銅イオンは体内に微量にしか存在しませんが(成人一人当たり~80mg)、その量はほぼ一定に保たれており、呼吸・代謝といった基本的な生命現象を司る酵素の活性中心として機能しています。しかし、銅イオンの細胞内濃度を一定に保つことができたとしても、その取り扱いを誤ると生命現象は即座に破綻します。例えば、多くの酵素において、銅イオンは酸化還元活性の中心として機能しますが、タンパク質内に取り込まれずに遊離(水和)した状態では、その高い酸化還元能が仇となって、活性酸素が触媒的に産生されるようになります(フェントン様反応)。その結果、遺伝子や細胞骨格に酸化的な傷が生じ、細胞機能が著しく低下することがあります。また、他の金属イオンが結合すべきタンパク質部位に銅イオンが結合した場合にも、本来の生理活性が阻害されたり、あるいは、予期せぬ酵素活性が発現したりすることで、細胞の生存は脅かされることになります。つまり、細胞は銅イオンの濃度だけでなく、その「状態」についても厳密に制御することで一定に保つ必要があります。
銅イオンが細胞内に取り込まれるためには、膜タンパク質であるトランスポーター(CTR1)が必要です。CTR1はCu1+を選択的に認識して細胞内へと取り込むことが知られています。実は、細胞内の何に銅イオンを渡しているのかはいまだにはっきりと明らかにはなっていませんが、おそらく「銅シャペロン」と呼ばれる銅運搬タンパク質に渡されるのではないかと考えられています。
銅シャペロンは、1997年にJohns Hopkins大学のValeria CulottaやNorthwestern大学のThomas O’Halloranらが中心となって同定されたタンパク質の総称で、シトクロムc酸化酵素(CcO)や銅・亜鉛スーパーオキシドディスムターゼ(SOD1)といった銅結合酵素に銅イオンを運ぶ役割を担っています。代表的な銅シャペロンとしてはATX1・COX17・CCSなどが挙げられ、直接的あるいは間接的にCTR1から銅イオンを受け取った銅シャペロンは、各々の目的タンパク質に銅イオンを輸送するとされています。例えば、銅シャペロンATX1はゴルジ体膜にある銅イオントランスポーターであるCCC2を特異的に認識して銅イオンを渡し、銅イオンを受け取ったCCC2は、ゴルジ体内のFET3(酸化酵素の一種)にその銅イオンを供給します(上図)。また、銅シャペロンCOX17は、ミトコンドリア内膜上にあるSCO1/2やCOX11(これらも銅シャペロンとして分類できる)を認識して銅イオンを供給し、引き続き、その銅イオンがCcOに受け渡されることで成熟型のCcOが完成します(上図)。さらに、細胞質に存在するSOD1は、銅シャペロンCCSとの特異的相互作用により活性中心である銅イオンの供給を受けることが知られています(上図)。
私たちはこれまでに、最も代表的な銅含有酵素であるSOD1に着目し、銅シャペロンCCSによるSOD1への銅イオン輸送の制御メカニズムを研究してきました。SOD1は銅イオンの他にも亜鉛イオンを結合する部位を有し、分子内ジスルフィド結合も形成します。さらに、二量体化することも考慮に入れると、SOD1は44の「修飾」状態を理論的に取りうることになります。しかし、銅イオンを結合したCCS(Cu-CCS)は、亜鉛イオンを結合したジスルフィド結合還元型のSOD1だけを特異的に認識し、複合体を形成することを見出しました(下図)。また、CCSからSOD1への銅イオン輸送は嫌気条件では進行せず、酸素分子による酸化が引き金となって初めて、銅イオンがCCSからSOD1へと移動し、ジスルフィド結合がSOD1に導入され、SOD1の活性化が完了することも発見しました。また、CCSによるSOD1の活性化(成熟化)がうまく進行しなければ、SOD1のミスフォールディング(構造異常化)が生じ、神経変性疾患ALSの発症原因になるのではないかとも提案してきました。現在は、CCSがどのようにしてSOD1を識別し、銅イオンを供給しているのか、その詳細な制御メカニズムの解明を進めることで、生体内の銅イオン動態を理解するのみならず、金属イオンをターゲットにした神経変性疾患の発症予防・治療法開発を見据えた研究を行っています。